バイオと倫理

テクノロジーmeetsバイオ


昨年から、定期的に情報を共有してる面々と会話の中で「バイオテクノロジー」という言葉が今改めて語られ出している。
第四の産業革命はインターネットがもたらした距離のない世界という声に対して、その本当の帰着はテクノロジーがバイオの世界にまで到達することだったと2020年くらいには語られるのではないかと考えている。

特にその領域のリサーチをしていなくともニュースやタイムラインで流れているかもしれない。
このThe North Faceの事例は新しい可能性を開いていることがわかりやすくまとまっている。

猿人から始まった人類の歴史は、この地球の歴史で考えるとここ最近の話になってしまう。
そして、それよりもはるかに長く生息しつづけている「蜘蛛」が持つ糸のタンパク質の遺伝子を解析し出来上がったものが上記のプロダクト。
激しいサバイバルのなかで動植物は自身を変え、淘汰から逃れ、今の時代にその存在を残していることを考えると動植物の構造へフォーカスを当てることは、今までにないテクノロジーを発想し生み出してきたインターネット以降の人類にとって、新しい鉱脈とも言える。

MIT media labは、そのあたりとても早く行動が早く蚕の遺伝子組み換えにより、蚕の卵にクラゲやサンゴの遺伝子を注入し、蛍光に輝くシルクの生成に挑戦している。
恋愛ホルモンと呼ばれる「オキシトシン」を組み込んだシルクにも挑戦しており、どのような結果になるのか注目されている。
これはバイオをテクノロジーを介してアート文脈に持ち込んだ側面が強いがメディアアートと呼ばれる領域に蚕が登場し、そのシルクで服を作る。
これから起きるであろうバイオの展開が、ここの凝縮されている感覚がある。

むしろ、倫理がいかに変わっていくかが注目される。


これらの会話を僕が受け持つ大学の講義で話をすると学生たちは「怖い」し「遠い」という反応を示す。例えば、君たちが今使っているmacは、少し前にガレージの中で二人のスティーブが作り出した。それが今や生活には欠かせない道具になっているが当時は彼らの生み出しものや目指すものへ誰も共感してくれなかった。時間とともに、その意味に気づき、現代に至っている。

これと同じようにバイオも今ガレージではないがキッチンで「DIYバイオ」が盛り上がっている。この辺り詳しく書き出すと長くなるので別の機会に。ただバイオはすでに身近な存在となりつつある。時代がいかにこの可能性に対して倫理を書き換えるのかが注目されている。

例えば、世界をざわつかせたこのニュース。
だいぶ前から、マラリアを駆逐するには、この方法だと言われてきたがとうとう成功した。
マラリアの媒介は「蚊」であり、世界から蚊を全て駆逐する以外方法がないように思われたところを蚊の遺伝子組換え抗マラリア遺伝子を組み込んだ。子孫にもそれが受け継がれることが実証されている。これにより、マラリアを感染後に治すのではなく感染以前に駆逐するという方法論が生まれつつある。

この事実が怖いという人に対し、年間のマラリアでの死亡者が60万人であることを告げるとさらに解釈が揺らぐ。
映画のような話だが、この可能性を逆手に取れば、とても危険な未来もなきにしもあらず。
人の歴史の中で生活を豊かにと生まれた発明が戦争で多くの命を奪ってきた事実もあり、判断が難しいところである。

倫理の壁をノックする「(Im)possible Baby」


Ai Hasegawaさんが制作した、このプロジェクトも確実に見ておくべき事例。

同性同士の結婚が世界的にも認められ始める中、実際に家族となり子供を産むことができない前提を鋭く切り込んでいる。
この流れは「スペキュラティブ・デザイン」と呼ばれる領域で注目を集めている。(ここも今スタディー中)
これまでの問題解決型のデザインから、問題を定義するデザインへ移り変わっている。
しかし、理論上、現在の技術でいくと女性同士のカップルは子供を産める可能性がある。
ただ、そこには倫理の壁があり、実現することは現時点でできないが、実際に当事者からすると子供を産み、育てる今では非現実的な未来がとても切望されているものであることは間違いない。

この(Im)possible Babyのプロジェクトは、今目の前にある課題解決ではなく、こうあるかもしれない未来を定義することで逆算的にそこへ行き着くステップを導き出すことができる。とはいえ、このプロジェクトは実現の可能性が、ほぼほぼ判明している。あるのは倫理的な解釈をどうしていくか、になってくる。

今一度、倫理を見つめ直す。


大きな可能性を秘める中、同時倫理の壁が並走してくるのがバイオテクノロジーの課題であることは調べる中で見えてきた。むしろ、この可能性を活かす判断をするのは、人間であるし、その良い面も悪い面も活発に議論されるべきテーマである。

このスタディをまとめる中で、ある会話を思い出した。

最近の若い人たちは、みんなスマホばっかり覗いている。
それに対して若い人間は、「あなたが昔から電車で読んでる新聞がスマホに変わっただけですよ」と返した。
そこにある正しさは、その人の背景や生まれ育った時代、積み重なった価値観によって倫理が織りなされる気がしている。
もし、あなただったらどう判断するか。

(松倉早星)